わたしがデビューしたころ 井上雅彦「ショートショートが書きたくて」

短編の新人賞から出発するのは
単行本が出るまでに時間がかかり
その道のりは果てしなく感じることでしょう。
ショートショートから作家になった井上雅彦が
そのような日々を綴っています。

まず、授賞式の日のことを――。

 忘れられない日の記憶。それは、今でも、美しい。

 一九八三年(昭和五十八年)三月二十六日。――この日、私は武道館で行われた明治大学の卒業式を無事にすませたあと、その足で、有楽町・交通会館ビル最上階へと向かった。講談社主催<星新一ショートショートコンテスト>の授賞式会場である。学生生活を終えたその日に「この世界」の入り口をくぐる。――このいわば象徴的なタイミングが、私に「この世界で生きていく」という覚悟を与えたように思えた。夢が現実になる区切り。そして、夢はいきなり目の前に現れた。会場へ向かうエレベーターの中に、星新一がいた。長身の紳士。花の開くような笑顔。頭の中が、たちまち白くなった。彼は生きている「夢」だった。氏の『作品100』をむさぼるように読んだ夏の日が甦った。こんな本を創りたい。自分の作品を目次に並べたい。ショートショートを書く作家になりたい。そう渇望したのは、ほんの数年前だ。その本人が、自分を選んでくれた。これから、本当の人生がはじまるのだ……と当時の私は真剣に思った。

この強烈な体験があったため
井上雅彦はその後の生活に耐えられたのかもしれません。
そして信頼できる編集者の出会いと
同じくショートショートコンテストに入賞した仲間との出会い。
内定した会社に通いながら原稿を書く日々が始まります。

 (前略)不良債権の管理で徹夜をし、ふらふらになりながら宇山氏に電話を入れ、小説の話や無駄話をしては、精神の均衡を保った。授賞式に用意していった受賞後第一作は、無事に『ショートショートランド』誌に掲載してもらっていた。原稿のできがよければ、掲載してもらえる。せっせと書いては、帰宅途中に護国寺駅で降り、講談社の夜間原稿窓口に作品を預けた。

 たまには、同期受賞者の仲間と一緒に編集部に持ち込んだ。(後略)


ここに出てくる宇山氏とは宇山日出臣(うやま ひでお)氏のこと。
中井英夫の『虚無への供物』を文庫化するため、講談社入社。
新本格ブームの仕掛け人、講談社文芸図書第三出版部部長として、
辣腕をふるいました。文三はメフィストの編集部です。
京極夏彦の持ち込み原稿からメフィスト賞を創設。
京極夏彦、森博嗣ら新人作家への愛情深く、多くの作家を育てました。
定年退職後、2年で逝去。
宇山さんは伝説の編集者としてこれからも語り継がれると思われるので
作家を目指す以上、どんなジャンルであっても知っておきましょう。

さて、井上雅彦に戻ります。

 結局、なんとか生き抜いた。ショートショートと短篇小説を書き継いで、生きてきた。会社を辞め、書いて、再就職して、書き、書き継いだ。怪奇小説の縁で知り合った先達・夢枕獏さんに『獅子王』(朝日ソノラマ)誌の石井進編集長を紹介されてから、一気に発表作品が増えた。フルタイム作家になったのは、石井氏や宇山氏のもとで長編を発表するようになってからである。そして……。

 一九九四年、ついに念願の第一短篇集『異形博覧会』(角川ホラー文庫)を出すことができた。受賞作「よけいなものが」をはじめ、<賞金稼ぎ>と<裏稼業>のすべての短篇小説、ショートショートを収録した、夢の塊。

 あれから――なんと十三年が経過したことになる。今では、ショートショート集を含めて個人短篇集は全九冊。『ミステリーズ!』誌に掲載していた連作短編集『遠い遠い街角』(東京創元社近刊)で十冊目となる。


「ミステリーズ!」vol.23 2007年JUNより引用

ブログで読みやすくするために改行を入れています。

【井上雅彦 プロフィール】
1960年東京都生まれ。
1983年「よけいなものが」で星新一ショートショートコンテスト優秀賞受賞。
1998年『異形コレクション』で日本SF大賞特別賞受賞。




コンテンツ
作家になる方法
点線新人賞は作家の入口
点線新人賞を選ぶ
点線レベルダウンした新人賞を選ぶ
点線純文学かエンタメか
点線小説を書き続ける
点線小説の上達法
点線作家になるための読書法

新人賞のとり方
点線デビューのかたち
点線選評から学ぶ
点線受賞作から学ぶ
点線新人賞の選考とは
点線一度落選した作品
点線二重投稿は禁止

作家になるための参考書
点線小説指南書 ★★★★★
点線小説指南書 ★★★★
点線文学の参考書
点線長編小説の参考書
点線短編小説の参考書
点線ミステリーの参考書
点線SFの参考書
点線ホラー小説の参考書
点線時代小説の参考書
点線文章の上達法
点線小説の小技
点線お助け辞典
点線新人賞応募の参考書
点線読書案内

原稿用紙の書き方
点線書き方の注意
点線漢字とルビ
点線誤字脱字・変換ミス
点線カタカナ表記
点線ひらがな・漢字表記統一

応募原稿の送り方
点線原稿の印刷
点線原稿の綴じ方
点線ページ数の数え方
点線梗概の書き方
点線職歴・略歴の書き方
点線絶対に守ること

作家のデビュー話

このブログについて


文学系新人賞情報
点線文學界新人賞
点線群像新人文学賞
点線新潮新人賞
点線すばる文学賞
点線太宰治賞
点線文藝賞

ノンジャンル系新人賞情報
点線日経小説大賞

エンタメ系新人賞情報
点線女による女のためのR-18賞
点線オール讀物新人賞
点線大藪春彦新人賞
点線バディ小説大賞
点線坊ちゃん文学賞
点線野性時代フロンティア文学賞
点線ボイルドエッグズ新人賞
点線小説すばる新人賞
点線ポプラ社小説新人賞
点線本のサナギ賞
点線小説現代長編新人賞
点線小学館文庫小説賞
点線角川春樹小説賞
点線松本清張賞
点線メフィスト賞
点線警察小説大賞

ミステリー系新人賞情報
点線小説推理新人賞
点線ミステリーズ! 新人賞
点線横溝正史ミステリ&ホラー大賞
点線江戸川乱歩賞
点線日本ミステリー文学大賞新人賞
点線ばらのまち福山ミステリー文学新人賞
点線新潮ミステリー大賞
点線鮎川哲也賞
点線「このミステリーがすごい!」大賞
点線アガサ・クリスティー賞

SF系新人賞情報
点線創元SF短編賞
点線ハヤカワSFコンテスト

ファンタジー系新人賞情報
点線日本ファンタジーノベル大賞
点線創元ファンタジイ新人賞

時代小説新人賞情報
点線朝日時代小説大賞