古代から続く母系社会の残る不可思議な村の雰囲気がいい。妹として生まれてきたのに、子どもを産んだときから、子どもを産んでいない「わたし」の「姉」になる。奇妙な時間のねじれが生まれる。 みな名前がないのに、ある特別の子どもには名前が与えられる。だから、「わたし」はひとり大学に進学する時に、自分で名前を付けた。いや、名前どころか、村では言葉を信じない。 この村の不思議さと自然の美しさの描写が的確で物語にすっと入り込める。 わたしは村を出て、大学で気のあう友人「朔」と出会う。わたしの名前「いちこ」と「朔」。同じ「はじめ、一番」という意味を持つ二人は、しかしどんなに親しくなろうとも一緒にはいられなかった。いつしか朔の話す言葉は、いちこを通り抜けていく。空虚な風が始終、物語に吹いている。 作中の婆が言う。 ――お前、この村が自分で作ったお話に思えるくらい、話しただろう。だからさ。ここでの時間からお前はいっそう放り出されて、今度はお前が作り話になってしまったんだよ。 ここから、ぐるりと物語がひとりでひっくり返る。そして「わたし」は村や物語に引き込まれていく。 「わたし」にとっての「村」や「物語」が本当に始まっていく。 |
谷崎由依



