「新芽」 三本雅彦
明治維新によって、仕える釜形藩が廃藩したために武士の身分を失った涌井鏡介は、床屋に弟子入りします。刀を鋏に持ち変えて、生きていこうと決意します。 見よう見まねで床屋修行に入った鏡介は失敗をしながら、時に怠け心を抱きながらも、生まれてくる子のためにも早く一人前の散髪屋になるべく毎日を送ります。 その折にかつて剣を争っていた旧友の折本直之進に再会します。彼は五稜郭まで戦い抜いた佐幕派でした。そして、幕末のいざこざで父親を何者かに殺害され、その仇をとる決意をし、武士を捨てていませんでした。 どこか既視感のある物語展開と、あまりにも人があっさりと方向転換してしまいます。鏡介が髷を落とすのも、妻が夫の散髪屋としての再出発を受け入れるのも予定調和に思えてしまいます。この時代、武士にはもっと大きな葛藤があったのではないでしょうか。 また、直之進との決闘になるのももう少しドラマチックでもいいし、直之進がまたあっさりと決闘をやめてしまうのも肩透かしでした。 ただ、森田屋での騒動、直之進との決闘場面は、緊迫感があり、描写も的確です。一般的に時代小説の刀をふりまわす場面はわかりにくいことが多いのですが、本作は場面が目に浮かびます。 その描写力はあるのですから、深く作りこむことを覚えたら、おもしろい時代小説が書ける作家になるのではないでしょうか。 |
📖 「オール讀物」2017年11月号