書評 第54回文藝賞「おらおらでひとりいぐも」

第54回(2017年)文藝賞受賞作
「おらおらでひとりいぐも」 若竹千佐子

老いをテーマにした新人賞受賞作というくくりでは、芥川賞候補にもなった第48回(2016年)新潮新人賞受賞作『縫わんばならん』には及ばないものの、これはこれで力強い老人文学といえるでしょう。

数年前に夫を亡くし、子どもたちとも疎遠になっている74歳の桃子さん。東京に出てきて50年間、忘れていた故郷の東北弁がよみがえり、東北弁を交えながら、孤独な日々とそれに伴う心境を語ります。

一日中一人で過ごす桃子さんは、見えない存在を感じるようになり、それと共存しています。他人から見れば「まだらぼけ」のような状態ですが、彼女の中にはジャスのようにさまざまな音と言葉が交錯しています。

妻、母として生きてきた桃子さんはある時、自分の人生は「見るだけの人生」「眺めるだけの人生」だと気づき、そこから立ち上がって歩き始めます。

「ほんとは子供より自分が大事だったのだ、と頭の中右から左にかすめ、それを隠して生きてきた長の年月、と左から右へ。」

というくだりからの後半は熱量が高まり、迫力のある文章が続きます。

夫や子どもに仕えるように生きてきても何の感謝もされず、何の生産性もなかったというのは、決して新しい価値観ではないのですが、桃子さんはそれを後悔はしていません。

「もう今までの自分では信用できない」

と自己否定するのですが、全体の文章はそんな過去の自分も含めて、これから歩いていくと宣言しています。

子どもの頃のこと、夫周造と結婚してからのことを思い出しながら、隣にある死さえも道づれに生きていく覚悟です。生きる気力を失くしたはずの夫の死さえも、実は「喜んでい」たと気づきます。

「愛や恋も欲しいけれど、一人で生きてみたい」

女の本音が出てきます。

ありきたりになりがちな小説が、桃子さんの解釈によって「桃子さんの人生」に収束していきます。

ただ残念なことに最後の一文がいただけない。あまりにも小説にのめりこみすぎて、小学生の孫に「桃子さんの感覚」をしゃべらせてしまいました。「熱量を伴う書く力」と同時に「自分の小説に対する距離」も大切です。


📖 「文藝」2017年11月号




コンテンツ
作家になる方法
点線新人賞は作家の入口
点線新人賞を選ぶ
点線レベルダウンした新人賞を選ぶ
点線純文学かエンタメか
点線小説を書き続ける
点線小説の上達法
点線作家になるための読書法

新人賞のとり方
点線デビューのかたち
点線選評から学ぶ
点線受賞作から学ぶ
点線新人賞の選考とは
点線一度落選した作品
点線二重投稿は禁止

作家になるための参考書
点線小説指南書 ★★★★★
点線小説指南書 ★★★★
点線文学の参考書
点線長編小説の参考書
点線短編小説の参考書
点線ミステリーの参考書
点線SFの参考書
点線ホラー小説の参考書
点線時代小説の参考書
点線文章の上達法
点線小説の小技
点線お助け辞典
点線新人賞応募の参考書
点線読書案内

原稿用紙の書き方
点線書き方の注意
点線漢字とルビ
点線誤字脱字・変換ミス
点線カタカナ表記
点線ひらがな・漢字表記統一

応募原稿の送り方
点線原稿の印刷
点線原稿の綴じ方
点線ページ数の数え方
点線梗概の書き方
点線職歴・略歴の書き方
点線絶対に守ること

作家のデビュー話

このブログについて


文学系新人賞情報
点線文學界新人賞
点線群像新人文学賞
点線新潮新人賞
点線すばる文学賞
点線太宰治賞
点線文藝賞

ノンジャンル系新人賞情報
点線日経小説大賞

エンタメ系新人賞情報
点線女による女のためのR-18賞
点線オール讀物新人賞
点線大藪春彦新人賞
点線バディ小説大賞
点線坊ちゃん文学賞
点線野性時代フロンティア文学賞
点線ボイルドエッグズ新人賞
点線小説すばる新人賞
点線ポプラ社小説新人賞
点線本のサナギ賞
点線小説現代長編新人賞
点線小学館文庫小説賞
点線角川春樹小説賞
点線松本清張賞
点線メフィスト賞
点線警察小説大賞

ミステリー系新人賞情報
点線小説推理新人賞
点線ミステリーズ! 新人賞
点線横溝正史ミステリ&ホラー大賞
点線江戸川乱歩賞
点線日本ミステリー文学大賞新人賞
点線ばらのまち福山ミステリー文学新人賞
点線新潮ミステリー大賞
点線鮎川哲也賞
点線「このミステリーがすごい!」大賞
点線アガサ・クリスティー賞

SF系新人賞情報
点線創元SF短編賞
点線ハヤカワSFコンテスト

ファンタジー系新人賞情報
点線日本ファンタジーノベル大賞
点線創元ファンタジイ新人賞

時代小説新人賞情報
点線朝日時代小説大賞