「影裏」 沼田真佑
久しぶりに文學界新人賞から大型新人作家が誕生しました。 東京から岩手に転勤してきた「わたしこと今野」は、釣りと酒という共通の趣味を持つ会社の同僚日浅と出会います。二人でつるみ、あちらこちらの川で魚を釣り、一升瓶を空ける日々を送っています。 ところが、何の前触れもなく、日浅が退職してしまい、今野は喪失感を抱えたまま、社内を徘徊する始末。 文章がとてもうまい。岩手の自然が目の前に広がり、日浅の適度に明るく、適度に軽いセリフが生きています。 今野のセクシャリティもさらっと語り始めます。一瞬、今野は女性だったのかと思い、読み返し、しかしすぐにマイノリティ小説であることがわかってきます。こんなにさりげなく描けるのかと驚くとともに、とても新鮮でした。 東日本大震災小説でもあるのですが、それに対しても、日常と同じ距離感で描かれ、さらに家族も大切な人も誰もいない孤独な人の震災後のありようも読ませます。 日本人は震災をきっかけに本当に大切なものを見出したわけですが、それさえもない人はどうしたのでしょう。 それに対して敏感に感じ、それを描けるというのは小説家としての大きな資質を感じ、この著者の感性にもっと触れたいと感じました。 本作で第157回芥川賞をとったのは、予想外でした。 |
📖 「文學界」2017年5月号