「天袋」 上原智美
他人のアパートの部屋の天袋で生活をする、という奇想天外な設定で始まり、興味をひかれました。学生時代に住んでいた部屋のカギをまだ持っており、また釘の具合で開きにくくなった天袋という幸運に恵まれた「わたし」はしかし、彼氏に貯金を引き出され、家も仕事もお金もなくなり、行く宛もなく、この天袋にたどり着いたことがわかってきます。 劇団員だった彼氏が東京へ出ていく――というわかりやすいヒモ男との学生時代からの恋愛とその仲間たちとの関係、役所の嘱託という不安定な仕事など、ありふれた内容なのが残念でした。 しかし、現在進行形の物語はどんどんおもしろくなっていきます。部屋の住民は声優志望の亜美というフリーター。そのブログやネットでの「声の副業」などから、彼女の本気度が伝わってきます。残念ながら、才能がなさそうなのもリアルです。 現実逃避の天袋生活から、夢と現実にもがく亜美を眺めます。ここに「わたし」の感情が、常に元彼に向いてしまうのが、「わたし」とこの小説の限界なのかもしれません。もっと「自分」「亜美」との、心身両面の融合などが見られたらおもしろかった。 それから、あまりにも天袋生活がスムーズにいきすぎるのではないでしょうか。 亜美のストーカーにスマホを持ち逃げされるくらいしか、「わたし」は傷つかない。 それはラストの閉じにも表れていて、なぜ「わたし」が亜美を刺さなければならないのかがわからないのと同時に、逃げおおせそうな雰囲気で、結局、小説から著者が逃げている気がします。 始まりがおもしろかっただけに残念で仕方ありません。 |
📖 「群像」2017年6月号