「中庭に面した席」 松田幸緒
初老の時子は憂鬱な日曜日を迎えています。同居している長男家族は留守で、誰もいない北欧風二階家に一人。 気を引き立てるように美容院に行くことを思い立ち、表参道の、20年来の行きつけの店に出かけていきます。 出かける支度、新興住宅地に引っ越してきてからの近所づきあいのあれこれ、美容院での担当スタイリストやシャンプー、パーマ担当者とのやりとりなど、細やかに、しかしどこか引っ掛かりをもって描かれます。 なんてことない日常風景に、理由もなく沈んだ心が見せる、なんとなくうまくいかない物事を微妙に絡ませ、読ませます。 美容院での仕上がりの華やかな瞬間を、店の中央――中庭の見える明るい席で迎えたい。それなのに、この日はそれが叶えられない、小さな苛立ちが伝わってきます。 女にとって、とりわけこの年代の女性にとって、美容院に行くのは特別なものであることを物語る――のが、実は最後に覆され、初老の、失われていく悲しさ、無意識に手の中からこぼれ落ちていく、その時間の経過を描き出しました。 思わず冒頭から読み返し、そういうことだったのか、と著者の企みに頷きました。小説がより一層陰鬱な物語に変化しました。 |
📖 「オール讀物」2015年11 月号