「トレイス」 板垣真任(いたがき まさと)
モブ・ノリオ『介護入門』から10年。また介護をテーマにした作品が受賞しました。去年も「息子の逸楽」という介護小説が受賞しました。ほかの新人賞では全く見られないテーマなだけに、印象深い。 さすがに10年たつと、「入門」ではなく、介護を引き受けている家族も飄々としています。「家族は、排泄に関わる正確さはまだ少しも狂っていないことを幸運だと喜んだ」「家族は、たまに祖父で遊んだ」など、余裕を感じます。 浪人中のタダオは、認知症の祖父の徘徊を後ろから自転車で追いかけます。祖父が疲れると、母を呼び出し、車で迎えに来てもらう。 古い商店街に建つ電気店の建て増しの複雑さに象徴される家族の歴史と密度を、独特のテンポで語ります。 一方、タダオは商店街の理髪店の娘が気になり始めます。地方の商店街の密接さからキレイにつなげていきます。 この女性の造形、セリフ廻しが小説のなかで浮いてしまいました。世間から浮いている女性をつくりたかったのでしょうけれど、ただ単に下手な文章というだけになってしまいました。 祖父とこの女性の散歩の目的地が、なぜか同じで、それが小説内で意味を持つのかと思ったのですが曖昧なままで、小説の閉じ方も唐突です。 新人賞受賞に納得できず、あまりいい読者ではありませんでした。 |
