『アルタッドに捧ぐ』 金子 薫
本間は、執筆中の小説の主人公モイパラシアが死んでしまい、小説を断念するしかなくなります。 その左腕を書きかけの原稿用紙に包んで埋めようとしたとき、そのなかから、やはり作中に出てくるトカゲのアルタッドが現れます。 応募作で、自分が書いている小説が現実を凌駕してしまう、あるいは飲み込まれる、パラレルワールドになっているなどの展開はお馴染みなのですが(ほとんどの場合、不成功)、この小説は理屈などを飛び越えて、小説世界と現実が重なり合います。不思議な感覚で読み進めることになります。 ソナスィクセムハナトカゲという架空のトカゲですが、そのしぐさ、行動などが魅力を放ちます。私は爬虫類が大の苦手で、餌を捕食する場面はグロいのに、だんだんアルタッドに感情移入してしまいました。コーンが好きで、その食べる様子がかわいらしい。 元彼女の亜希との会話、 「それ以上聞きたくないなぁ」 「食べたんだよ、生で」 「もう帰るね」 「驚いたことに、あまり味がしなかった」 「遊びに来なければよかった」 など、手練れたセリフ回しと、アルタッドの描写に惹かれました。筆力があります。 しかし、アルタッドがペット化し、現代的に家族の一員として存在し、ほんわか終わらせるのはどうかと思います。それまでの虚構論、芸術論はどこに行ってしまったのでしょう。 現実世界で、大学院に合格し、とりあえず二年間の世間に対して身分を名乗れるという立場を手に入れたら、架空世界はどうでもよくなる。ある意味、現代的なのかもしれません。 |
