「冷たい校舎の時は止まる」 辻村深月
| 雪の降る朝、学校に閉じ込められた男女8人の生徒たちを描くミステリー。なぜか扉は開かず、8人のほかには誰も登校してきません。そして時は止まっています。 センター試験を1ヵ月後に控えた高校三年の彼らは、クラス役員を引き受けた仲良しグループ。成績も飛びぬけてよく、みんなから信頼されています。 彼らの学校はその2ヶ月前、学園祭の最終日にクラスメートが飛び降り自殺をしています。公衆の面前で飛び降りたクラスメートは印象に強く残っているはずなのに、この8人はどうしてもその名前が思い出せません。 閉ざされた空間と時のなかで、それぞれに抱えた思いや人生をリアルに描きつつ、この不可思議な現象を解き明かします。 もちろん欠点がないわけではない。菅原の回顧シーンで、そのなかの登場人物の視点から描くのはマイナスです。清水あやめが提供するミステリーの謎解きである、世界で起きた不可解な集団失踪事件から、現在の現象を説くのはわかったようなわからないような説明です。 しかしこの小説は、ミステリーを描くのと同時に、この8人の抱える問題を普遍的に描ことにも力を注いでいます。それはとても成功しています。他者との距離感、頭がいいゆえの疎外感、努力だけではなく自然にパーフェクトに人生を送れること、家族の不和、心の弱さなど、切なくなります。頭のよさがどれほど友達との間に距離を作るか。それはなにも進学校だけに限らず、それぞれの学校、クラス、小さなグループで起きうる、誰もが経験する階級です。だからこそ、この小説が心に響きます。 そしてその時代をこの8人を通して覗いてみれば、その風景は「憧憬」です。苦しい時期に出会った友達への憧れです。親しみの距離、バックボーンは実は関係なく、ただその関係性には自分の他者への愛情だけが頼りだと、この小説は語りかけます。 さらにミステリーを解く8人が出した答えは、うまく読者に錯覚を与え、ラストまで引っ張ります。最終的な謎解きもまた、うなる展開を見せます。 さらに閉じ込められた深月は心が弱く、あまり共感をもてなかったのですが、自殺した友達（ネタバレですが）角田春子との確執を執拗に描いたこと、そして彼女の身体感覚をこの不思議な現象のきっかけとしています。拒食で、食べ物を吐いてしまう彼女には当然痩せ、生理は止まります。ところが、その拒食の原因であった角田春子が自殺をする。そのきっかけも自分である。しかしその2ヵ月後、自分に止まっていた生理が来る。心は自分を責めているはずなのに、体は自然に戻る。加害者としての罪の意識が自分を支えていたはずなのに、自分はそれを乗り越えている。生理そのものは理解できなくても、心理的には男性にも理解できるのではないでしょうか。 すべての整合性をぴったりとあわせてくる筆力とともに、どうしようもなく切なく10代への憧憬が心に残る力作です。 |
