「夜市(よいち)」 恒川光太郎
ホラーそのものの設定はそれほど目新しいものではありません。夜、この世のものではない者たちが集まり、開かれる市場が舞台。 しかしその味つけがすばらしい。そこは欲しい物が必ず手に入るけれど、非常に高価で、しかも心の底から欲しい物でなくてはならない。そしてなにか買わないと夜市から帰ることができない。 ストーリーは、いずみと、高校時代の同級生で中退してしまった祐司がその夜市を訪れます。公園から岬に続く森のなかに突然、闇が途切れ、夜市が現れます。そこで老紳士と知り合い、刀剣屋に危うく騙されるところを助けてもらいます。 いずみたちは老紳士と別れ、散々迷った挙句、ようやくなにか買わないといけないことに気づきます。さらにいずみは祐司がなにかを探していることも。 それが子供の頃、この夜市で祐司が売った弟だと言い出します。祐司はその時弟の代わりに「野球の才能」を買い、甲子園にも出場しました。そして、その人攫いの店には今も子ども達が虚ろな目で並んでいます。 このように物語が進むにつれ、もうひとつの物語が立ち上がってきます。それが絶妙のタイミングと、読者の興味を引くひとつの言葉「弟を売った」で構成されています。(27ページ) さらにもうひとつ物語が重なります。先ほどの老紳士が戻ってきて、人攫いの詐欺を見抜きます。この夜市では「偽者」は売ってはいけないのです。そして老紳士が語る自分の物語は、その弟が自分だということ。 新人作家とは思えないストーリーテラー。自然な流れを作りながら、読者を一瞬も逸らせることなく「兄」と「弟」の物語を見せます。 その静かな描写力も物語力に引けをとりません。完成度の高いホラー小説です。 (数字は単行本のページ) |