ふたつの物語が同時進行し、東京大火災を目論むヤカラを追うミステリー。 ひとつ目の主人公は、奈良の元士族だが、生活に貧している内村実之。父は維新後、東京で民権運動に関わり、家を省みず、母と離縁。母は兄義之を連れて、奈良の実家に帰ります。母のおなかにいた実之は、父の顔を知らないばかりか、父は実之の存在すら知りません。 帝大生となった兄は、母のたった一つの希望でしたが、腹に傷を負い、帰省してなすすべなく死亡。「三年坂で転んでね」という謎の言葉を残します。 三年坂で転ぶと、三年以内に死ぬ。それを避けるには土を舐める、という言い伝えがあります。 実之は、高等学校に受験する学力も資力も不足しています。しかし、友人の助力によって東京に出奔。兄の謎、三年坂の謎、父の行方を追います。 もうひとつの中心人物は、予備校の英語講師高嶋鍍金(めっき)。彼は人力車に乗っており、火事の中を駆ける夢を見ます。同じく予備校講師の立原総一郎が、鍍金が雑誌に書いた都市火災やスラム・クリアランスに興味をもち、近づいてきます。 その雑誌の編集者が、東京で頻発する火災の犯人ではないか。そもそも東京(江戸)には発火点と呼ばれる火災の起きやすい地形や町並みがあった。鍍金にその論文を書かせて、自分の代わりに犯人に仕立てようとしているのでは、ともちかけます。 ふたりの東京発火点探しが始まります。 田舎出身で、迷いややりたいことの多い若い実之、外国暮らしの長い鍍金など、人物設定がうまい。自由な空気のなか、そんな人物が集まってくる東京の力を感じます。 また江戸から明治に変わり、さらに変わりゆく東京の町で、坂の名前、地名の由来などを追っていくプロットも興味深い。けれど、ふたつの話がやや細切れ過ぎます。もう少しじっくり読ませてもよかったのでは。三年坂の名前の由来も途中で飽きてしまいました。 さらに一度、東京という町を俯瞰させるシーンを挟むと、物語に奥行きが生まれたと思います。 またところどころ、作者の目で文章を挟んでいますが、これは不要でした。この古い手法は興ざめしてしまいます。 このような細かなところ、斬新さ、ラストのまとめ方のご都合主義を除けば、まあまあの合格点。 |
早瀬乱

