「甘露」 水原 涼
北大に通う「惇」が鳥取の実家に帰省した、 その一歩から、再び出ていくまでの数日間を描きます。 冒頭の沈下している家の描写、惇の一歩など よどみない文章に引き寄せられます。 素封家だった祖父母の家は盛り土をした上に 建っているにも関わらず「沈んでい」て、 耳の遠い祖母のために、大きな声で話すのが 習慣となっている父と母と姉。 みんなが飼い猫を溺愛しています。 次姉は自分勝手に家を出ていますが、 惇自身も兄との帰省時期をずらし、 顔を合わせることもありません。 うつ病だという姉の、妙にベタベタした感触が残ります。 金銭的依存を父への愛情にすり替え、 猫への甘ったれた言葉遣いと 子どもっぽい行動を取り続けます。 幸福と不穏さが紙一重になっている実家を 緊張感をはらみながら、しかし開いて描きます。 この著者の文章は明るい。 話の展開は、父と姉の近親相姦に惇が気付き、 それを盗み見しながら自慰を行うという リアル感のないもので、やや興味を失います。 また、飼っている牡猫が捕獲した動物などの 血やバラバラになった部位の描写を挟みます。 これも今更な内容で、どれも家族の崩壊を暗示しながら 決定的なものには至らない。 この小説は、性のシーンを入れるかどうかが 問題になると思うのですが、その描写がうまい。 その一歩手前で止めておいた方が緊張感が続き この著者らしくなったとは思うのですが 文章力の高さに支えられ、するりと読まされてしまいました。 |
