『玻璃の家』 松本寛大
| アメリカ・マサチューセッツ州コーバンが舞台。 廃墟となった屋敷での殺人事件の目撃者は、 相貌失認という障碍を負った少年コーディでした。 この屋敷の持ち主であったリリブリッジ家もまた、 70年前に鉄道事故と殺人事件に遭遇し、 双子の兄弟の確執などもあり、没落しています。 また、1960年代にヒッピーがこの屋敷に入り込み、 ドラッグで命を落とすという事件も挿入されます。 さらに17世紀から土地に伝わる魔女裁判の忌まわしい記憶。 その伝説的な説話と、現代の殺人事件やコーディとの繋がりが よくわからない。小説では、コーディの相貌失認によって その謎が解けた、としますが、それがどれだけ重要なことでしょうか。 どちらかというと、魔女裁判の謎が解けることがきっかけとなって 現代の謎を解くカギとなるほうがわかりやすいでしょう。 これらの4つの事件が(魔女裁判は弱いにしても)、 有機的に結びつきあい、最後の謎ときは見事。 小説前半に、コーディの目撃証言が幾度も繰り返され、 この繰り返しが本当に必要かどうか、疑問に思いましたが、 これは伏線になっていて、とても重要な役割を果たします。 (でももう少し削ってもいいかもしれません) 筆致は常に冷静で、複雑な人物関係、 専門的な障碍や認知に関する知識もすんなりと頭に入ります。 とても手だれた筆運びです。 しかも目で見た情報と、記憶とを一致させることができず、 人の顔は(その障碍者によって違いがあるものの)認知することが できないという相貌失認が新鮮な題材となっています。 目撃者が人の顔を見分けられないのは、新鮮です。 また探偵役の日本人留学研究生トーマによって 認知には、その出身国などの文化、アイデンティティが 深く根差されていると気づかされます。 このミステリーが、英語圏で書かれなければならない理由が きちんと存在しています。 |
『玻璃の家』
松本寛大

